拡散反射光の偏光特性による用紙銘柄判別
Method for Identifying Media Using Polarization State of Diffuse Reflection
星 文和
*大場 義浩
*後藤 一磨
*三坂 好央
*佐藤 慎司
*Fumikazu HOSHI Yoshihiro OBA Kazuma GOTO Yoshihiro MISAKA Shinji SATO
要 旨 _________________________________________________ プロダクションプリンターにおいて高品質な画像形成を得るために,電子写真方式では 個々の印刷用紙銘柄に対して適切な印刷条件を設定する必要がある.非破壊かつ簡便な方法 で用紙銘柄を判別するために,我々は光学的な手法の開発を試みており,拡散反射光の偏光 特性を考慮した独自の反射モデルを提案した. 独自の反射モデルに基づいた光学系の設計においては,拡散反射光の偏光変化成分を検出 することに加え,検出方向を変えることで表面多重拡散反射と内部拡散反射を区別する手法 を見出し,有効性を確認した.設計した光学系を用いて商用印刷市場で広く使われる65種の 用紙銘柄の反射光量を計測した結果,用紙銘柄ごとに異なる偏光変化が観測され,提案した モデルの妥当性を示唆する結果が得られた. ABSTRACT _________________________________________________
For high-quality image formation in a production printer, electrophotographic printing needs appropriate process conditions for each type of printing medium. To identify media types in a non-destructive and simple way, we are trying to develop an optical method and have proposed a unique reflection model with consideration of the polarization state of diffuse reflection.
We designed an optical measurement system based on our reflection model. Then, we confirmed that the surface multiple diffuse reflection and the internal multiple diffuse reflection can be separated by using different detecting directions in addition to detecting the polarization change of the diffuse reflected light. We measured the reflected light intensity of 65 types of media that are widely used in the production printing market. As a result, we found that the change in polarization state caused by reflection differs depending on the type of medium, and the validity of our reflection model was partly verified experimentally.
* リコー未来技術研究所 光エレクトロニクス研究センター
Opto-electronics R&D Center, Ricoh Institute of Future Technology
1.
背景と目的
商用印刷市場では,印刷物の多品種・小ロット化 に対応し,低コストで印刷可能な電子写真方式によ るオンデマンド印刷へのニーズが拡大しており,オ フセット印刷と同様の幅広い種類の用紙対応力が求 められている. リコーのプロダクションプリンターは統合用紙設 定システムを備えており,用紙銘柄ごとに適した印 刷条件が用紙データベースに登録されているため, 用紙銘柄を選択するだけで簡単に定着・転写条件な どが適切に設定され,高品質の画像形成を行うこと ができる.操作パネル上での用紙選択はオペレー ターが行うが,膨大な用紙リストから目的の用紙を 探し出す必要があるため用紙検索を補助するツール があれば作業効率の向上につながる.そこで,我々 は用紙銘柄を判別する光学式センサーデバイス「用 紙銘柄識別リーダー タイプS3」を開発した.これ により,用紙銘柄の選択をより簡単かつ確実に行う ことができるようになる. 用紙の種類を判別する光学式センサーは,非破壊 を特徴としており,高速計測および低コスト化を実 現できることから多くの報告例がある.一般に,用 紙の表面粗さと拡散反射光の強度には相関があるこ とが知られており1),正反射光量と拡散反射光量を 利用した用紙種類判別が検討されてきた. 他にも用紙表面の画像解析や透過光量を利用した 判別手法が報告されている2).また,紙の透過画像 に対して周波数変換を行い,そのパワースペクトル の類似度を相互相関法によって定量化する判別手法 が報告されている3).あるいは,用紙種類判別技術 は印刷業だけに留まらず,犯罪鑑識における証拠品 の異同識別への応用も検討されており,レーザー変 位計による画像解析手法などが報告されている4). しかしながら,これらの手法では商用印刷市場に 流通している多種多様な用紙銘柄を個々に判別でき るほどの精度はなく,特にグロスコート紙や厚紙を 正しく判別することは単純な表面での反射光や透過 光のみでは難しいという問題があった. 本稿では,用紙における反射光を利用する従来手 法を拡張した新しい用紙銘柄判別手法のための独自 の反射モデルを提案する.また,提案する反射モデ ルに基づいて設計した光学系を用いて,様々な種類 の用紙銘柄の正反射や拡散反射の光量を評価し,特 に拡散反射光の偏光特性に注目して得られた知見を 報告する. なお,偏光特性を利用した物理特性解析は古くか ら知られており,例えばエリプソメトリーの手法は 半導体薄膜の組成解析に広く使われている5).しか しながら,印刷用紙のような散乱体への応用例に関 する報告例は少なく,偏光を利用した用紙の反射特 性に関する検討が報告されてはいるが6),本稿のよ うに非塗工紙だけでなく塗工紙(グロスコート紙, マットコート紙)も含めて用紙銘柄を区別するとい う観点で報告した例はほとんどない.塗工紙は炭酸 カルシウム(白色顔料)などを原料とするコート層 が表面に塗布されており,非塗工紙と比較して一般 に光沢度が高い. 我々は,用紙はパルプ繊維などから構成される散 乱体であり,微小な傾斜面(マイクロファセット) の集合で構成されると仮定した.本稿で提案する反 射モデルは,このような散乱体における反射光の偏 光変化に注目している.2.
拡散反射光の偏光特性に注目した反射
モデル
2-1 散乱体表面における反射光の偏光特性 Fig. 1は散乱体表面における反射光の偏光特性を 示した図であり,散乱体表面に対して直線偏光(S 偏光)の光を照射した入射面を計測面としている. ここで,計測面内でのみ反射した光の場合はS偏光 を保持した状態で観測される.一方,計測面に対し て法線方向のベクトルを持つ反射光路を経た光の場 合には観測される偏光特性は変化する.反射光の偏 光特性は,入射光の偏光方向と散乱体表面に存在す る微小な傾斜面(図示せず)の傾斜角に依存し,微小な傾斜面に入射した光は,フレネルの式に従って 偏光比が変化した状態で反射する.微小な傾斜面で 1回だけ反射して計測面から逸れた光は観測されな いが,複数の傾斜面で多重反射されて計測面内に 戻ってきた光は偏光回転成分(P偏光成分)を持っ て観測される.
Fig. 1 Polarization state on the surface of a scattering object. 2-2 用紙における反射光の分類 我々は前述の散乱体表面における反射の考え方を 用紙に適用し,Fig. 2に示すように用紙による反射 光を5種類に分類した.光の入射面(計測面)にお いて,用紙表面で1回だけ拡散反射した光(2)と,用 紙表面の凹凸や用紙内部の繊維間で多重拡散反射し た光(3) (4)とでは偏光特性が異なる.これは,用紙 表面で1回だけ拡散反射して計測面で観測される光 の光路は計測面に対して法線方向成分を持たないが, 多重拡散反射光の光路は法線方向成分を持つからで ある. Fig. 2では簡単のために各光路を光線で描いてい るが,実際には紙繊維径より十分大きいビーム径を 持つ光束を用紙に照射することを想定しているため, 本稿ではマクロな拡散反射特性として反射モデルを 説明する.
Fig. 2 Reflection types on a scattering object. Solid lines represent S-polarization and broken lines represent P-polarization. 内部拡散反射光(3)は,完全に拡散反射されるこ とで入射方向に起因する異方性を失い,等方的に放 射される.一方,表面多重拡散反射光(4)は,一部 の領域では等方的な放射となり得るが,完全拡散と はならず異方性を残した状態で放射されると考えら れる.そのため,これら2種類の拡散反射光は,計 測面内の異なる方向で反射光量を検出することによ りおおよそ分離することができる.
3.
反射モデルの妥当性検討
3-1 反射モデルに基づいた光学系レイアウトの 設計 用紙のような散乱体での反射には,前述のように 内部拡散反射光,表面多重拡散反射といった偏光変 化を伴う反射モデルが考えられ,これらの反射光を 分離して検出することができれば用紙の繊維構造な どに起因する光学特性の違いをより明確に区別でき ると考えられる.そこで,多重拡散反射光(3)と(4) を分離して検出するのに適した検出方向を決定する ために,反射光の偏光変化成分の空間的な強度分布 を調べる実験を行った. Fig. 3に,実験に使用した光学系を示す.本光学 系は,光源,用紙を設置するサンプルホルダー,検 出器から構成されている.光源は平行光化されたS 偏光の光を射出し,用紙表面を照射する.また,一 般に用紙の反射光量計測には比較的大きい入射角が適していることから7),光源の入射角度は80˚に設定 した.検出器は偏光フィルターを備えており,入射 光の偏光(S偏光)に直交するP偏光成分の光量を 検出する.検出方向の仰角は90˚(用紙表面の法線 方向)から180˚まで変化させた.被計測用紙には6 銘柄を用意し,非塗工紙,マットコート紙,グロス コート紙の3種からそれぞれ2銘柄ずつ選定した. Fig. 4に,本光学系を用いて観測された反射光の 強度分布を示す.検出方向の仰角を180˚から90˚方 向に変化させると,いずれの用紙銘柄においても正 反射角170˚付近で急峻に光量が増加し,グロスコー ト紙の場合にはピークを持つ.このことは前述の偏 光回転成分(P偏光成分)が計測面内においても観 測されており,検出方向に依存することを意味して いる.その後,用紙銘柄ごとに若干の相違はあるも のの120˚付近までは緩やかに光量が増加し,90˚付 近ではほぼ一定あるいは微減となる傾向を示す.
Fig. 3 Measurement system for detecting light intensity distribution.
Fig. 4 Measured light intensity distribution of the 6 media. ここで内部拡散反射光がランバートの余弦則に従 う光量分布を持つと仮定すると,Fig. 4に示した光 量分布から内部拡散反射光の強度分布を差し引くこ とでFig. 5のような強度分布が得られる.正反射の 影響があまり出ない0˚から160˚の範囲の強度分布は ほぼ表面多重拡散反射の光量分布と推定できる.こ こでは,90˚方向での表面多重拡散反射光の強度は0 であると仮定した.Fig. 5より,表面多重拡散反射 光は150˚付近で強度が増加する傾向があることが確 認できる. Fig. 2に示したモデルの反射光(1)~(4)の計測に適 した検出方向として,それぞれ170˚, 150˚, 120˚, 90˚ の4つの仰角を採用することとした.ここで170˚は 正反射角である.P偏光成分の光量を検出する仰角 は150˚と90˚であり,それぞれ表面多重拡散反射光 がほぼ最大となる角度(Fig. 5参照)と,ランバー ト余弦則に従うと仮定した内部拡散反射光が最大と なる角度である.また,表面拡散反射光の検出に対 応した仰角は,表面多重拡散反射光および内部拡散 反射光の影響をできるだけ低減するため両者の中間 に位置する120˚とした.
Fig. 5 Estimated light intensity distribution as surface multiple diffuse reflection.
3-2 設計した光学系による偏光変化検出の有 効性確認 異なる検出方向で反射光量の偏光変化成分を検出 することにより印刷用紙の銘柄を区別できる可能性 を確認するために65種の様々な銘柄を用意し,Fig. 6 に示す光学系により各銘柄の反射光量の計測を行っ た. 本光学系において,光源はFig. 3と同様に平行光 化されたS偏光の光を射出し,入射角度80˚で用紙表 面を照射する.各検出器の検出方向は前項で決定し たように,1つの検出器 (Detector 1) が正反射角 (仰角170˚)に配置され,他の検出器 (Detectors 2, 3, 4) は拡散反射光用として仰角150˚, 120˚, 90˚にそ れぞれ配置されている.表面多重拡散反射光および 内部拡散反射光用の2つの検出器 (Detectors 2, 4) に は,P偏光を透過する偏光フィルターが設置されて いる.被計測用紙65銘柄には商用印刷において広く 使われる白紙を選択し,非塗工紙13種,マットコー ト紙10種,グロスコート紙42銘柄といった内訳と なっている.反射光量の計測においては,用紙を平 坦に保持した状態でスキャン長30 mmを一定の速度 で計測し,平均値を求めた.
Fig. 6 Measurement system for detecting light intensity in 4 directions. Fig. 7~Fig. 9に65銘柄の反射光量の計測結果を示 す.各プロット点の形状は用紙の種類(非塗工紙: □,マットコート紙:○,グロスコート紙:△)を 表している. Fig. 7は,偏光フィルターを備えていない2つの検 出器 (Detectors 1, 3) の出力を示しており,正反射 光と拡散反射光との相関を表した従来手法に相当す る結果である.両検出器の出力は高い相関を持つた めパラメータの独立性としては低く,各用紙銘柄を 区別しやすくするためには他の独立したパラメータ を追加する必要がある.
Fig. 8では,Fig. 7のDetector 3に替わって偏光が変 化した拡散反射光を検出するDetector 4の出力を縦 軸に示している.偏光変化を利用したFig. 8では, Fig. 7と比較すると各用紙銘柄の計測値が分離して プロットされていることから,Detector 4の出力を 用いることで各用紙銘柄をより区別しやすくなるこ とがわかる.なお,Detector 3, Detector 4ともに計測 ばらつき (3σ) は1%以下であることを確認してお り,内部拡散反射光を多く検出するDetector 4の効 果は有意であるといえる.
Fig. 7 Relationship between Detectors 1 and 3.
Fig. 9 Relationship between Detectors 2 and 4.
さらにFig. 9は,Fig. 8の横軸をDetector 1から表面 多重拡散反射光を多く検出するDetector 2に替えて, Detector 4との出力の相関を示している.両検出器 ともに偏光変化成分を検出するための偏光フィル ターを備えている.まず非塗工紙に注目すると,両 検出器の出力の相関はほとんどなく各用紙銘柄の計 測値が明確に分離されていることがわかる.これは, 紙繊維が露出した表面構造(凹凸や繊維の毛羽立ち など)に起因する表面多重拡散反射と,用紙内部の 繊維構造に起因する内部拡散反射とが,それぞれ独 立した各用紙銘柄固有の値として検出されているこ とを示唆している.一方,塗工紙(グロスコート紙 およびマットコート紙)の場合には,非塗工紙と比 較してDetector 2とDetector 4の相関が大きく,各用 紙銘柄の計測値が密集している部分がある.これは, コート層の存在により表面が平滑であるため,両検 出器の出力において表面多重拡散反射の影響が小さ く,相対的に内部拡散反射の影響が大きくなるため であると考えられる.そこで,用紙の個体ばらつき も考慮してグロスコート紙の銘柄分離性を詳細に調 べる実験を行った. Fig. 10は,グロスコート紙15銘柄をそれぞれ3サ ン プ ル ず つ 計 測 し , Fig. 9 と 同 様 に Detector 2 と Detector 4の出力の相関を示した結果である.各銘 柄はアルファベット記号で区別してプロットしてあ り,サンプルの個体違いは同じ記号で表している. いずれの銘柄においても同じ銘柄であれば異なるサ ンプルであっても出力がほぼ一致しており,銘柄に よっては両検出器の出力値で明確に分離できること が確認できる.すなわち,個体ばらつきや計測ばら つきは銘柄による差異と比較して十分小さく,表面 多重拡散反射光用のDetector 2と内部拡散反射光用 のDetector 4の出力が各用紙銘柄を区別するために 有効であることがわかる.
Fig. 10 Relationship between Detectors 2 and 4 for 15 types of gloss-coated media.
以上のように,Fig. 2の反射モデルに基づいて設 計した光学系は,種々の用紙銘柄の偏光変化の違い を検出するのに有効であることが確認できたことか ら,提案した反射モデルが妥当であることが示唆さ れる.従来,光学的手法を用いて用紙の種類を見分 ける場合,正反射光や偏光を考慮しない拡散反射光 によって用紙の表面性を大まかに分類する方式が一 般的であったが,我々は拡散反射光の偏光変化成分 を検出することで銘柄個々の違いまで区別できるこ とを見出した.これは,用紙の繊維密度や紙厚,材 料や製法などの種々の要因により用紙の光学特性が 異なるためであると考えている.
4.
結論
本稿では,用紙に直線偏光の光を照射したときの 拡散反射光の偏光変化に注目した新しい反射モデル を提案した.反射モデルに基づいた光学系設計では, 拡散反射光の偏光変化成分を検出することに加え, 検出方向(仰角)を変えることで表面多重反射と内 部拡散反射を区別する手法を見出し,有効性を確認 した.本提案を具現化した光学系(Fig. 6)を用い て実際に商用印刷市場で使われることの多い65種の 用紙銘柄の反射光量を計測した結果,異なる検出方 向で偏光変化成分を検出することにより個々の用紙 銘柄が区別しやすくなる効果が確認でき,提案した 反射モデルの妥当性が示唆された. なお,本稿で提案した反射モデルを基本原理とし た用紙銘柄判別技術に関しては製品化を実現してお り,2014-2015年発売のRICOH Pro C7110S / C7110 / C7100S8)およびRICOH Pro C9110 / C91009)に標準搭 載されたセンサーデバイス「用紙銘柄識別リーダー タイプS3」に採用されている(Fig. 11).Fig. 11 Media Identification Unit TypeS3 (RICOH Pro C7100/C7100X Series Brochure).
参考文献 _________________________________ 1) P. Beckmann, A. Spizzichino: The Scattering of
Electromagnetic Wave from Rough Surfaces, Pargamon Press, Oxford, pp. 80-97 (1963).
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Paper by Fourier Transform and Cross-Correlation (Part 2): Application to Commercial Xerography Papers, Jpn TAPPI J 55(4):514–521 (2001).
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Measure Thickness of Thin Surface Films, Rev. Sci.
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6) S. Tanaka: Measurement of Reflection Characteristics of Paper Using Polarized Light, OYO BUTURI, 27(10), pp. 600-604 (1958).
7) ISO 8254-1:1999 (JIS P 8142:2005), Paper and board-Measurement of specular gloss-Part1:75 gloss with a converging beam.
8) RICOH: RICOH Pro C7110S / C7110 / C7100S, https://www.ricoh.co.jp/pp/pod/pro_c/7110s_7110_ 7100s/ (2014).
9) RICOH: RICOH Pro C9110 / C9100,
http://www.ricoh.co.jp/pp/pod/pro_c/9110_9100/ (2015).